コンテンツへスキップ

【F1】開幕戦を目前にしてFIAのレースディレクター、チャーリー・ホワイティング氏が亡くなる 合掌

今週末はF1の開幕戦があって、日本のファンはレッドブルと組んだホンダがどれだけ活躍できるのか? それを楽しみにしている人も多い筈。

しかし、そこに1つの訃報が走った。

えっ?!!」とか、本当に最初はこんな言葉しか出なかった。

この記事によれば、前日は元気にオーストラリアのF1パドックをベッテルと共に歩いていたと言うし、本当に突然死と言うか、死因は肺塞栓症と言う事で、心からご冥福をお祈りします。

この病気を調べてみると、真っ先に「エコノミー症候群」とか出て来て、F1ファンの殆どはF1は世界の各地を長距離移動しながら開催される事を思い出すだろうし、その為、その関係者は飛行機や乗り物で世界各地を移動し続けなくてはいけない。

全部の人がそうなるわけではないだろうけど、世界各地で開催されるF1がその関係者には健康面でかなり負担になっている可能性とか、普段はあまり考えない事も頭に浮かんだりした。
 

それで、個人的なチャーリーの思い出。

彼はずっとF1のレースが公平に行われるようにそれに気を配って来た人で、時にどっかのチームからチート車が出て来たりすると、チャーリーの名前が響き渡ったりした。当然、彼はそれを取り締まる側で、自分が物心ついて兄貴と一緒にF1を見るようになってから、既にそこにずっとチャーリーが居たように思う。

元F1のフェラーリの監督だったジャン・トッドがFIAの会長になってからF1はかなり平和で公正なものになったように見えるけども、しかし、それ以前、マックス・モズレーと言うオッサンがFIAの会長をやっていた時、個人的にチャーリー・ホワイティング氏までが悪者のように見えていた時期があった。

古い話しだけど、自分は佐藤琢磨が好きでF1を熱心に見るようになったファンの一人で、あれは2005年だったか...サンマリノのレースでBARホンダの車が重量規制でズルしたとか言う話しで、琢磨とバトンは2試合レースに出れなくなった。

まだ子供だった自分は、その時悔しくて腑に落ちなかったけど、しかし、2006年にはもっと驚く事件があった。

これはアロンソに関係する話しで、その年はシューマッハが引退表明していて(後でメルセデスでF1に戻ったけども)、アロンソとシューマッハが激しくタイトル争いをやっていた。

それでフェラーリのお膝元のモンツァの予選、アロンソはちょっとしたミスでパーツを壊し、それでもその走行を続けた。しかし、シューマッハのチームメイトだったマッサがそのアロンソの壊れた車に「タイムアタックを邪魔された」と(言いがかりの)発言、それによりアロンソは5位グリッドダウンを言い渡された。その結果により、次の上海でアロンソはシューマッハにポイントを逆転される事になった。

これが当時、F1メディアでとんでもない論争を巻き起こす事になり、マッサのその時の走行の動画が何度となくメディアで検証され、フェラーリとFIAの癒着を指摘するメディアと関係者は多かった。

しかし、次の鈴鹿でシューマッハのエンジンがブローして、今度はアロンソに殆どタイトルが決まるところまで行った。子供ながら、これは運命の裁きのようにも見えたし、こういうFIAの裁定に深く関わっていたのが当然のようにホワイティング氏で、この年のアロンソとシューマッハのタイトル争いは色々な側面から壮絶すぎて今でも忘れない。

しかし、FIAを我が者顔で牛耳っていたマックス・モズレーもついに失脚する時が来て(この失脚の理由もお笑いだけどもw)、その後任にシューマッハ時代のフェラーリで監督をしていたジャン・トッドが選ばれた。

シューマッハ時代のフェラーリと言うのもFIAとの癒着からいつもFIAから優遇されている...とか言われて来て、当時のジャン・トッドも決して良いイメージがあったわけではなかったけど、しかし、それからFIAがド安定したのが驚きだった。

かつてあった露骨な位疑わしい裁定とかもあまり無くなったし、その下で公正に仕事をしているチャーリー・ホワイティングに疑問を抱くような人は殆ど居なくなって、それを思うと、マックス・モズレーと言うかつてのFIA会長がどんだけおかしな人だったのか、それを疑わざるを得ない。正にFIAで独裁政治をしていた感じ。

しかし、それからフェラーリはライコネンのタイトルを最後にアロンソを擁しても全然タイトルをとれなくなったし、レッドブルやメルセデスがF1を征する時代がやって来た。

また、チャーリー・ホワイティング氏については、多くのレギュレーションの変化も思い出す。

個人的には2009年のブラウンGPのダブル・ディフューザーを思い出すし(KERSもこの年のスタートだった筈)、そのレギュレーション大変化の時にホンダに居たロス・ブラウンがタイトルを取れる車を作り上げたにも関わらず、ホンダがリーマンショックを理由にF1を撤退してしまった無念さまでも思い出す。

この時の話しについては、この年のレギュレーションの規格をFIAと練る為、テクニカル・ワーキング・グループと言う組織が組まれ、それに参加する事が許されたのは、当時上位争いが出来たフェラーリ、マクラーレン、ルノーのテクニカル部門の責任者だった。

そこに含まれなかったホンダに居たロス・ブラウンは、そのレギュレーションに挑戦すべくダブル・ディフューザーを搭載する事を決め、その頃、F1で優勝できないチームであったレッドブルのエイドリアン・ニューウェイは別の側面から空力と整流効果を強化させた車を完成させた。

このテクニカル・ワーキング・グループに参加する事を許されたチームは、自分達が作り上げた新しいテクニカル・レギュレーションにこだわりすぎて2009年尽く車に失敗し、ブラウンGPとレッドブルの車に先を越された事は今でも忘れられないテクニカルな側面での興味深い思い出だったりもする。

しかし、こういう出来事があるからこそF1はいつも面白いものであって、その年を境にF1の常勝チームが大きく変わった事は、非常に大きな意味を持つように思う。

それから今年で10年の歳月が流れて、ここ数年、どこかのチームがずっと勝ち続ける刺激が少ない状態になっていて、今一度、10年前のようなレギュレーション変化が必要にも思う事がある。

2021年には再びF1には大きなレギュレーション変化が予定されていて、チャーリー・ホワイティング氏が既に亡くなったF1でこれがどう進んで行くのか?

今は多くの関係者は、F1が彼を失った懸念とその大役の後任に誰が相応しいのか? それを話題にしている。

公開日 カテゴリー Motorsportsタグ ,

About Makoto

TESシリーズ(Skyrim、ESO等)のファンサイトを運営。しかし、本性は音楽geek(soul,Funk& Jazz他)、中学2年の頃からプログレ・バンドで鍵盤系をやってました。Wordpressは2007年からの古参。 Home:  Rolling Sweet Roll

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

eight − 5 =

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Scroll Up