最近、ESOにもあんまり入らず(シー、内緒w)Netflixで音楽のドキュメンタリー番組とか見ている事が多くなった。それで、今日は27歳の若さで2011年に亡くなったエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー「Amy(エイミー)」を見ていた。この映画は、2015年にアカデミー長編ドキュメンタリー賞も獲っている。
彼女が亡くなった2011年(7月)はまだ日本は東日本大震災の余震や原発の問題で大変な事になっていて、世界でもアラブの春とかの色々な大きな問題があった。当時、エイミー・ワインハウスの死もなかなか気に止める余裕もなかったような気がして、今頃になって彼女の死を振り返ったりした。
しかし、今思えば、彼女は当時間違いなく際立った個性を持っていて、後にアデルやレディ・ガガにまで影響を与える事になるけど、いや、自分のように60年-70年代のモータウンやフィリー・ソウルをほじくり返しては聞いている人にとっては、エイミーのサウンドは「懐かしい」と言った方がいい位で、この映画を見る限り、彼女も60年-70年代のソウルやジャズにかなりの影響を受けたと言っている。
この曲はこの映画でも使われいるけど、モータウンを知っている人ならすぐに「Ain't no mountain high enoughのサンプリングと言うか、それから相当な影響を受けている事に気付くと思う。確かに彼女はその時代に忘れ去られていたテイストとフィーリングを持った貴重な存在だった。
そう言えば、エイミーの"Tears Dry On their Own" のモデルになったAin't no mountain high enough"は、グルーヴ神マーヴィン・ゲイとタミー・テレルのデュエット曲で、モータウンの代表曲の一つにも数えられる有名なものだけど、タミー・テレルも成功を収める中で若干24歳で脳腫瘍の為に亡くなっている。マーヴィンもそれよりは長生きしたけども、45歳の時、精神病を病んでいた本当の父親に射殺されると言う間違いなくショッキングな理由でこの世を去った。
音楽に深く触れて行くと、こういう時にショッキングなドラマや人生の闇のようなものにも触れなくてはいけない事もあって、人が羨むような成功をしておきながら、どうしてこんな事になってしまうのか…と言う不条理のようなものと向き合わなくてはいけない事も結構ある。
「27club」と呼ばれる怖い一致 27歳で亡くなったミュージシャン達
若くして自ら命を絶ったニルヴァーナのカート・コバーンもそんな一人だったし、洋楽界には27Clubと呼ばれているものがあって、なぜか洋楽界では27歳で亡くなった天才的なミュージシャンが多い。カート・コバーンもエイミー・ワインハウスもそうだった。
その他にも27歳で亡くなったミュージシャンには、ウッドストック時代に活躍した超伝説的な人たち…ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ドアーズのジム・モリスンとかも居て、気味悪い伝説みたいになっている。
これを読んでみるとカート・コバーンのように自殺した人も居るけども、ドラッグや酒で人生を閉じてしまった人がどんだけ居るのか…考えてみれば、27歳とかそれほど健康に問題を抱える年齢でも無くて、自暴自棄になったり事故か不幸な難病でもしない限り、簡単には死ぬなんて事は考えられない年齢だったりもする。
これは27歳で亡くなったアーティストのプレイリストだそうで、錚々たる名前が並んでいるのが悲しすぎる。
個人的には、エイミー・ワインハウスとカート・コバーンは演っている音楽は全然違うんだけど何か共通点があったように思える事がある。
これは自分の勝手な解釈に過ぎないかもしれないけども、80年代の産業ロックやシンセサイザーを駆使した作り込まれ過ぎた電気音に飽き飽きしていたところにニルヴァーナと言う3ピースバンドが出て来て(ましてシアトル!)、これは間違いなく当時の音楽界に爆弾を落としただろうし、エイミーの音も多くの人が忘れていたようなモータウンやフィリーソウルを思わせるR&B、ジャズテイストで、それは新しいジェネレーションには新鮮な音だった。「原点回帰」のようなものにも感じたりもする。
そういう彼らは、人にその才能を期待されながら、なぜ自暴自棄になって自らの命を削って行ってしまったのか?
これらについて「あれが悪い、これが悪い」と言う事は簡単な事で、しかし、そこまで追い込まれる人の心とは本人しかわからない苦しさを抱えている事が殆どだったりする。
この映画を見る前は、エイミーのような女性は決して自分のタイプでは無いし、顔がキツイ系だから我が強い苦手な女性にも思えていたけど、映画を見て行く内になんかすごく彼女が繊細で可愛い人に思えて来て、彼女の心の闇や迷いを誰か救える人が居なかったのか、それが本当に辛かった。しかし、それが人間と人間の関係で一番難しい部分であるのも理解する。誰もが誰かを救う為にいつも天使のような人でいられるとも限らない。
そして、エイミーの場合、27clubの多くがそうであったようにドラッグや酒の過剰摂取で命を落としたミュージシャンは過去にも沢山居た筈だった。それが一種の負の伝説として語られているにもかかわらず、同じ過ちを繰り返す…今もそういうミュージシャンは居る。ドイツの哲学者のヘーゲルが言った「我々が歴史から学ぶことは、人間は決して歴史から学ばないということだ」と言う言葉がミュージシャンにもあてはまると思う事がある。
最後のエイミーの録音 それはクインシー・ジョーンズのアルバムだった
そう言えば、先日風邪で伏せっている時にNetflixで音楽界の帝王と言っても過言ではないクインシー・ジョーンズの伝記を見ていた。その時にクインシーが初めてプロデュースしてビルボード1位になった曲が、超古いけども日本でも結構知っている人が多いと思われる「涙のバースデイ・パーティ(It's my Party)」だったと言っていた。
実は、2010年に出されたクインシーのアルバム「Q Soul Bossa Nostra」は、今までのクインシーの仕事を最近の若手アーティストで再録音(リレコ)したもので(スヌープ・ドッグ、アッシャー、ジョン・レジェンドとか錚々たるメンバーによる)、そこでエイミー・ワインハウスがクインシーの記念すべき最初のヒット曲であるこの「It's my party」を歌っている。
これが実はエイミーの最期のスタジオ録音と言われていて、クインシーに招集されたこれだけのミュージシャンに混じってこの歌を歌う事を依頼されたエイミー。間違いなくその当時の最高の歌姫の一人と認められたからこのレコーディングもかなったとも思うし、まさかその1年後にアパートで遺体で彼女が発見されるとか…当時、誰が考える事が出来たんだろう?
しかし、この最後のエイミーの録音の歌声を聞くと円熟を通り過ぎて老練とさえ聞こえる歌声にも思えて、彼女を知らない人が聞いたら50過ぎのシンガーが歌っているように勘違いしてもおかしくはないような渋い声。当時、彼女は26-27歳で、まるで彼女の時計は人の3倍位早く進んでここまで来てしまったようにさえ思えたりもした。
このエイミー・ワインハウスのドキュメンタリー映画は、F1の大スターであったアイルトン・セナの伝記映画「アイルトンセナ 〜音速の彼方へ」と同じアシフ・カパディアが監督を務めている。
アイルトン・セナも34歳と言う若さで人気絶頂期にレース事故でこの世を去ったけども、自分はF1の大ファンだからこの映画は映画館でちゃんと見た。この映画もF1の本拠地イギリスのアカデミードキュメンタリー賞を獲得していて、この映画が公開されたのはエイミーが亡くなる1年前の2010年の日本GPの鈴鹿だった。
こういう映画は、実のところ人をハッピーな気分にはさせてくれないし、なぜこういう天才がこういう死に方をするのか…そんな事ばかりを問いかけて来て、感情を揺さぶれやすい自分としては、半日くらいふさぎ込む事も多いw
そう言えば、風邪ひいてて書きそびれてしまったけども、先日Wordpressの5.6のアップデートが来て、新しいコードナンバーはニーナ・シモンの名前が捧げられていた。
エイミー・ワインハウスはニーナ・シモンにも影響を受けていたように思う事があって、次はニーナ・シモンの伝記「ニーナ・シモン 魂の歌」をNetflixで見る予定。